都市の喧騒の中で、感情が薄れゆく現代人を浮き彫りにする『東京都同情塔』。この物語は、東京という大都会に潜む孤独とつながりへの渇望を、幻想的かつ心に刺さるストーリーで描き出します。九段理江が紡ぐ緻密な心理描写と、幻想的な設定が独特の世界観を作り上げています。
あらすじと見どころ
2030年に新宿御苑に完成予定の「シンパシータワートーキョー」の設計コンペに挑む女性建築家・牧名沙羅と、彼女の思考を受け止める22歳の青年・拓人の関係を中心に展開する物語。沙羅は「言葉」と「建築」を通じて人間の身体性を追求する情熱的な人物である一方、拓人は過去を受け入れながら無機質に現実を生きる青年として描かれる。物語は二人の関係性が母子、恋人、または支配と被支配といった多面的な側面を持ちつつ変化していく様子を描き、そこから「人間の複雑性」と「不確実な相互作用」が浮かび上がる。
さらに、近未来の日常で浸透した生成AIや、「ホモ・ミゼラビリス」(同情されるべき人々)といった新しい価値観を提唱する学者やジャーナリストたちの言葉が物語に絡み合う。塔を中心に、複数の概念や思想が衝突し合い、登場人物たちの内面世界をさらに深めていく構成となっている。
作者や背景情報
幼少期に多くの転居を経験。高校から大学までをさいたま市で過ごし、2014年からは大学研究室助手を経て石川県に転居。金沢市でビジネス学院の講師や古書店アルバイトなどを経験。
2021年、「悪い音楽」で第126回文學界新人賞を受賞しデビュー(「Schoolgirl」に収録)
2024年、「東京都同情塔」で第170回芥川龍之介賞受賞。
読後の感想と評価
物語を読み終えた後、感じるのは何とも言えない余韻と心の重みです。特に塔の正体が明かされるラストは衝撃的で、読者に「同情とは何か」を考えさせます。九段理江の細やかな心理描写と幻想的な要素が見事に融合し、読者を物語の中に深く引き込む力があります。一方で、テーマが重いため、読むペースを落としながらじっくり味わうことをおすすめします。
おすすめポイント・対象読者
都会生活の孤独感を味わったことがある人
心のケアや精神的成長に興味がある人
緻密な心理描写と社会批判的な要素が好みの読者
九段理江のファン、もしくは村上春樹や恩田陸の作品が好きな人
類似作品の紹介
『ねじまき鳥クロニクル』村上春樹:都市生活の中で自己を見つけようとする物語
『夜のピクニック』恩田陸:心の葛藤と人間関係の再構築を描いた青春小説
『シャドウ』道尾秀介:人の内面に潜む闇を描く心理ミステリー
まとめ
『東京都同情塔』は、現代人の心の在り方に鋭く切り込む一冊です。パラレルワールド東京のという舞台を通じて、同情や共感、孤独といった普遍的なテーマを巧みに描き出しています。読了後には、自分の中に眠る感情を見つめ直したくなるような余韻が残ります。日常の喧騒に埋もれがちな「心」を、そっと拾い上げるための文学体験をぜひ味わってみてください。